コラム「使用者の労働者に対する健康配慮義務について」
1 健康配慮義務とは
使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っています(安全配慮義務、労働契約法5条)。
この安全配慮義務は、もともとは、職場内での事故を念頭に、物的設備の管理、作業の安全指導を図り、労働者の生命・身体を危険から保護する配慮義務として、事例が積み重ねられてきました。現在ではさらに進んで、健康診断や面談等によって労働者の健康状態を把握し、これに応じて業務の軽減などの適切な措置を講じて、労働者の健康に配慮すること(健康配慮義務)、長時間労働や職場内でのハラスメント等が発生しないような環境を構築すること(職場環境配慮義務)も、安全配慮義務の一態様とされ、使用者はこれらの義務を尽くすために必要な措置を講じることが求められます。
2 健康診断の実施・受診
(1)使用者が、健康配慮義務を尽くすには、労働者の健康状態を把握できていることが前提となります。
使用者は、労働者に、医師による健康診断を実施しなければなりません(労働安全衛生法66条)。具体的には、常時使用する労働者には、雇入れ時の健康診断、1年以内ごとに1回の定期健康診断(それぞれ必要な項目が法定されています。)を実施することが必要とされ、従事する業務の内容によっては、これに加えた回数、内容の健康診断が必要とされます。
使用者は、健康診断の実施後には、結果を労働者に通知するほか(同法66条の6)、結果(健康診断個人票)を原則5年間保存しなければなりません(同法66条の3)。
さらに、使用者は、異常所見がある労働者については、必要な措置について医師の意見を聞くこと(同法66条の4)、医師の意見を勘案し、必要なときは、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な措置を講じること(同法66条の5)、特に健康の保持に努める必要がある労働者に対しては、医師等による保健指導を行うよう努めること(同法66条の7)などが求められています。
(2)労働者は、使用者が実施する健康診断を受診する義務があります(同法66条5項)。
ただし、労働者が自分の信頼する医師、医療機関のもとで診察を受けて、自分の健康に関する情報をコントロールできるように、労働者が自分で選んだ健康診断(法定の項目をみたすもの)を受けて、使用者指定の健康診断に代えることは可能とされています。この場合、労働者は、健康診断の結果を会社に提出する必要があります。
労働者が、様々な理由を述べて健康診断の受診を拒否することもありますが、上記のとおり健康診断の実施、受診ともに義務とされているため、使用者は拒絶する従業員に対して、懲戒処分をすることも可能です。
さらに、使用者が労働者に対し、法定の項目以外の項目について健康診断を受けることを求めたとき(例えば、回復状況について詳細な情報が必要と考えるとき等)、この健康診断が労働者の健康回復や保持といった目的で、合理的かつ相当な範囲のものであるときには、労働者は拒否することはできないとも理解されています。
3 労働者の健康悪化について使用者がとりうる配慮措置
使用者において、労働者からの申出や健康診断の結果などから、労働者の健康悪化を把握したとき、様々な対応が考えられます。
例えば、労働者が通院をしながら勤務を継続するときには、これに対応できるように、病気休暇、時間単位の有給休暇、時短勤務などの制度を設けることが考えられます。
労働者が健康悪化により休職したときには、復帰前には、いわゆるリハビリ勤務(通勤訓練や短時間の試し勤務など)をすることが考えられます。これは法令上明示的に定められているものではありませんが、健康配慮義務の一つとして、状況に応じた対処が求められるところです。
また、休職後の復職は、休職前と同じ業務へ復帰することが原則となります。とはいえ、近時は、軽易な業務に従事させたり配置転換したりして、徐々に業務に復帰させる配慮が求められる傾向にあります。もちろん、使用者においてこうした従事させることができる業務が存在することが前提になるので、使用者としては、こうした業務の有無の検討も求められるものです。
弁護士 向井 良
2021年11月30日執筆