コラム「就業規則の不利益変更と多数組合の同意(合意)」
就業規則の法的性質については、かつて学説において、主として、就業規則は合意により契約内容となるとする契約説と労働基準法が就業規則に法規範類似の性格を与えたとする法規説の対立がみられ、また不利益変更については両説とも労働者の同意が必要であるとする傾向にありました。
ただ、契約説にはそのような合意は虚偽ではないのか、法規説には使用者が作成したものに法規範性を認めるのは問題ではないかなどの疑問が提起され、また、不利益変更に労働者の個別同意が必要とすると反対する労働者がいる限り労働条件を統一的に変更することが不可能となるといった問題点が存していました。
そこで、最高裁は、秋北バス事件・最大判昭43.12.25 民集22巻13号3459頁において、法的性質については、就業規則を約款類似のものとして捉え、合理性と事前の開示を要件に取引は約款によるという事実たる慣習が存し、民法92条により約款が契約内容となるという考えを就業規則に当てはめ(約款説ないし定型契約説)、また、不利益変更については、①不利益変更に合理性がなければ労働者は拘束されないが、②不利益変更に合理性が存すれば個別同意なしに労働者は拘束されるとの法理を展開し、職場における労働条件の集合的画一的処理を尊重する方向で問題解決を図りました。そして、後に判例が積み重ねられ、以上が確立された判例法理となっています。
さて、不利益変更について、判例が示す合理性判断の判断要素は、①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則の内容自体の相当性、④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合または他の従業員の対応、⑦同種事項に関するわが国社会における一般的状況の7つで、これらを総合考慮することになります(なお、現在では、就業規則の不利益変更の拘束力の有無は労働契約法10条に従って判断されますが、この条文は判例法理の確認として規定されたものなので、あくまで判例法理が示す判断要素が重要です)。
基本的な判断枠組みは、①と②の比較衡量であり、あとの5つはサブの判断要素と考えられていました。
しかし、①と②の比較衡量は極めて困難で、結論が地裁・高裁・最高裁と判断が二転三転することも稀ではなく、法的安定性と結果の予測可能性に欠けるという問題点が存していました。
そのようななか、最高裁は、第四銀行事件・最二小判平9.2.28労判710号12頁において、就業規則の不利益変更につき、多数組合との合意(同意)があれば合理性が推定されるかのような判旨を示しました。
これについて、一部の学説は、多数組合との合意(同意)の有無という形で合理性判断を明確なものにするこのような方向性を評価し、これにより不安定な比較衡量を回避することができると考えました。
しかし、最高裁は、後のみちのく銀行事件・最一小判平12.9.7労判787号6頁で「本件では、行員の約73パーセントを組織する労組が本件第一次的変更及び本件第二次的変更に同意している。しかし、上告人らの被る前示の不利益性の程度内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではない」と判示するに至りました。
そこで、両判決の関係が問題となります。基本的に3つの見方が対立しており、①後者の事案は合理性の推定が働かないほど極めて不利益が大きかった、②後者は多数組合の公正代表義務違反の事例である、と解して最高裁は第四銀行事件の基本的立場を改めていないとの理解がある一方、③最高裁は考えを見直し多数組合との合意はあくまで(サブの)一判断要素と位置づけたとする説もあります。
以上からわかるように、就業規則の不利益変更の場合に多数組合の同意(合意)をいかに位置づけるかは定説がない状態でいまだ難問となっています。
したがって、この問題をめぐって実務的にトラブルを避けるためには、組合のコンセンサスを得ることは重要なので、多数組合の同意ないし合意を取り付けることは依然として必要ですが、これ加えて、やはり必要性と不利益との比較衡量を、使用者のみならず労働組合も十分に行ったうえで事に当たらなければならないものと考えられます。
客員弁護士 三井正信
2021年11月30日執筆