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コラム「企業買収について」

1 合意なき買収について

(1) ニデックの買収提案

2024年12月27日、工作機械メーカーのニデック(旧日本電産)は、同じ工作機械メーカーの牧野フライスの株式について、公開買付けを実施する予定を公表しました。ニデックは牧野フライスの同意を得ないどころか、一切の接触・交渉を行わないままに、公開買付の意向を公表しています。

 

(2) 「企業買収における行動指針」

2023年8月31日、経済産業省は「企業買収における行動指針」を公表しました。この行動指針は、企業買収あるいはその対抗措置についての近年の裁判例や実務の動向を踏まえて、買収の提案を受けた会社(対象会社)の取締役・取締役会がとるべき対応を示したもので、コーポレートガバナンス・コードなどと同様、ソフト・ローの一種です。

 

(3) 合意なき買収(敵対的買収)への対応

行動指針では、合意なき買収(従来は、「敵対的買収」という言い方が使われていた)であっても、真摯な買収に対しては、真摯な検討を行うことが求められます。行動指針を踏まえて、ニデックの買収の意向の公表後、牧野フライスは特別委員会を設置してニデックと交渉しており、今後、最終的には同意を得た買収となるのか、合意のないままに公開買付が実施されるのかが注目されます。

 

(4) 対抗措置(買収防衛策)の発動

公開買付けに応じるか否かは、原則として個々の株主の判断にゆだねられるべきです。買収者が提示したプレミアム付きの買収価格で株を売却するか、現経営陣による対象会社の経営により、中・長期的には買収価格を上回る利益を得られることを期待するか、各自が予測し、買収に応じるか否かを決定します。この判断を保証するための環境(必要十分な情報の提供、考慮時間の保証)を確保することが会社法や金融商品取引法の規律の役目です。

例外的に、買収者が対象会社や一般株主の犠牲のもとに不当な利益を得ようとしていることが明らかな場合、あるいは株主に対して必要な時間や情報が提供されずに買収が実施されようとしているため、株主の合理的な判断が期待できない場合(強圧的な買収と呼ばれいてます)、対抗措置(従来は「買収防衛策」と呼ばれていました)を発動することが対象会社に認められることがあります。

ニデックによる買収提案では、ニデックが対象会社の企業価値を破壊しようとしていると評価することは困難で、今後牧野フライスの同意を得ないままに公開買付が実施される事態となったとき、十分な検討時間と情報の提供がないことを理由とした対抗措置の発動があるのか、またそれが認められるのかが焦点です。

 

2 買収提案の競合

(1) 富士ソフトの買収

筆ぐるめなどで知られる富士ソフトは、2024年8月、アメリカ買収ファンドKKRによる買収(MBO)に合意しましたが、同じくアメリカの買収ファンドであるペインキャピタルがより高額の買収価格を示して買収の意向を表明しました。しかし富士ソフトの経営陣はKKRの買収提案への支持を維持し、本年2月17日、ペインは買収の断念を表明しました。

 

(2) 取締役会の対応

行動指針においても、買収提案が競合する場合に、対象会社の取締役会は、必ずより高額の買収価格を提示した買収者の提案に賛成する義務が課されているわけではありません。

取締役会としては、現在同意している買収者に買収条件(価格)の改善を求めて交渉をするべきでしょうが、それでもなお、企業価値向上には資すると判断されるが価格が十分とは言い難い提案に取締役会が賛同するのであれば、その判断の合理性についは、十分な説明責任を果たすことが求められます。

ペインは富士ソフトの経営陣の同意が得られないことを理由に、公開買付けを実施することを断念しましたが、仮に同意を得ないままに公開買付けに踏み切った場合でも、対抗措置の発動が許容される場合を除いて、いずれの公開買付けに応じるのか個々の株主が決めることです。

なお、ペインの撤退によって、富士ソフトの株主がより高額の買収価格で株式を売却する機会を奪われたとして、富士ソフトの経営陣に対して損害賠償を請求する(会社法429条1項)可能性がないわけではありません。

 

2025年2月28日執筆

客員弁護士 片木晴彦