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コラム「「ソフト・ロー(soft law)」の活用」

1 「ソフト・ロー」と「ハード・ロー」

「ソフト・ロー」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。これは「ハード・ロー」と対比して使われる言葉です。

「ハード・ロー」の典型は、国会で制定される法律ですが、法的な拘束力があり、違反すると罰金や過料などの制裁を科されることがあります。それに対して、「ソフト・ロー」には法律のような拘束力がなく、違反しても制裁はありませんが、「ハード・ロー」に劣らない重要な役割を果たしています。

 

2 「ソフト・ロー」が活用されている分野

たとえば、個人情報保護の分野では、個人情報保護法という「ハード・ロー」がありますが、この法律がめざす個人情報の利活用と保護との両立という理念を実践する上で大きな役割を果たしているのは、医療・介護・金融・情報通信など各業界の意見を踏まえて作られた業界ごとの「ガイドライン」や「指針」です。個人情報を扱う事業者は、これら業界ごとの「ソフト・ロー」に依拠して、個人情報の利活用のための施策を実施しています。

アマゾンや楽天などのデジタル・プラットフォームを利用した取引の分野では、「特定デジタル・プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」がありますが、法律の目的である「透明性・公正性の向上」を実現するのは、プラットフォームの提供者(事業者)です。法律は、取引条件等の開示義務のほか、取引の公正さ確保のための手続・体制を経産省が定めた指針に沿って自主的に整備し、実施した措置や事業概要に関する自己評価書を経産大臣に提出して評価を受ける事業者の義務を定めています。規制の大部分を行政の定める指針や自主的な努力義務などの「ソフト・ロー」に委ねた例といえます。

中小企業の倒産・再生の分野では、中小企業の再生等のための一連のガイドラインが「ソフト・ロー」の役割を果たしています。この分野では、破産法、会社更生法、民事再生法などの「ハード・ロー」がありますが、中小企業の再生という特化した目的のために関係分野での豊富な実践経験を持つ弁護士や中小企業診断士、金融機関などの専門家の知恵を結集して作られた「ガイドライン」が企業再生の指針として広く活用されています。

 

3 「ソフト・ロー」活用の問題点

これらの「ソフト・ロー」は、豊富な実践経験を持つ関係者の意見を踏まえて、ボトムアップで作り上げられたルールと呼ぶべきものであり、時代や状況に即した柔軟な対応ができるという点で「ハード・ロー」に比べて優れた面があると言えるでしょう。

もっとも、「ソフト・ロー」には法的拘束力がないため、実効性の確保という点で限界があるといわれます。たとえば、新型コロナウィルスに対する対応策として政府主導で作成された業種別の「ガイドライン」の場合には、「自粛警察」と呼ばれる社会的な圧力によって「ソフト・ロー」の実効性が確保されるという現象がみられました。

これは病理的な出来事と言えるかもしれませんが、わが国では「同調圧力」などの社会的な圧力によって「ソフト・ロー」の実効性が確保されるという現象が広く認められます。これは、本来であれば制裁を伴う「ハード・ロー」によって対処すべき状況で、あえて「ソフト・ロー」を用いたために生じた事態ともいえるでしょう。その背後には、為政者が、制裁を伴う「ハード・ロー」を用いた場合に生じうる国民からの非難や責任追及を恐れるが故に、「ソフト・ロー」を利用するという事情もあるのではないでしょうか。

 

2024年11月30日執筆

客員弁護士 田邊 誠