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コラム「公開買付け規制の改正について」

1 はじめに

本年5月に金融商品取引法等の改正が成立しました(以下では「本改正」という)。改正内容は投資運用業の参入促進、非上場株式の流通活性化、大量保有報告制度の対象明確化、そして公開買付制度の改正です。特に大量保有報告制度と公開買付制度の改正は、2023年12月に金融審議会公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ(以下「WG」という)が公表した報告(以下「WG報告」という)を基礎としています。

この報告では、公開買付制度の改正に絞って、解説したいと思います。なお,改正法の施行は公布日(令和6年5月15日)から2年以内とされています。

 

2 公開買付制度について

金融商品取引法は,買収者が対象会社の株式を取得する際に,一定の要件下では,公開買付けによることを義務づけ,かつ公開買付けの際の開示情報や、公開買付けの条件について定めています(金融商品取引法(以下「金商法」という)27条の2以下)。

このような規制の目的については多様な意見があり、また一連の規定の全てを一つの目的で説明できるわけではないのですが,概ね情報開示(対象会社の株主が,保有する株式の買付けの申出に応じるべきか否か,合理的な判断が可能となるために十分な情報の開示を保障する)と、機会均等の確保(対象会社の株主全てに,株式売却の機会を保障する)の2点が目的であると理解されています。

 

3 強制的公開買付けの条件:本改正前

本改正前の規律では、公開買付けが義務づけられるのは,大要以下の場合です。

①市場外で,不特定多数の者(10人を超える者)から対象会社の株式の100分の5を超えて取得する場合のほか,以下の取引で対象会社の株式の3分の1を超えて取得する場合です。②著しく少数の者(10人以下)からの取得(支配株式の相対取引による売買を認めない),③立会外取引(TostNet-1により)、または④市場内の取引と市場外の取引を組み合わせた短期間の買集めです。

 

4 市場内取引

上記の規律から解るように、本改正前の規律では、市場内取引で対象会社の株式を買い進める限り、公開買付規制が適用されることはありません。市場取引については、透明性・公正性が一定程度保されているという考え方からです。しかし、近年、市場内取引を通じて対象会社の株式を短期間に3分の1を超えて買い進める事例が生じ、対象会社が有事的買収防衛策を策定・発動し、裁判所が市場での株式の買い集めが対象会社の株主にとって「強圧的」であるとして、買収防衛策の発動差止請求を却下する事例も生じています。

WG報告は、会社支配権に重大な影響を及ぼすような証券取引については、市場内取引・市場外取引を問わず、投資者による適切な投資判断の機会を確保するために、買収者に関する情報の開示や株主の平等取扱いの機会を担保することを提案しています。

 

5 本改正の内容

本改正では、公開買付を義務づける場合を以下のように規定しています。

① 買付方法の如何を問わず,対象会社の株式の100分の30を超えて取得する場合,または既に対象会社の株式を100分の30を超えて保有する者による買付け(著しく少数の買付けを除く),②市場外で,不特定多数の者(10人を超える者)から対象会社の株式の100分の5を超えて取得する場合,または既に対象会社の株式を100分の5を超えて取得する者による買付けで買付後に対象会社の株式を100分の30以下保有する場合。

市場内による買い集めについても100分の30を超える場合には、公開買付けが義務づけられることになりました。なお,3分の1に代わり,100分の30という閾値が定められましたが、欧米の基準と合わせたものです。

 

6 全部買取義務

WGでは,公開買付の義務づけ基準の改正のほか,公開買付に関して多くの論点が議論されています。その一つに全部買付義務があります。

現行法では,買付者は公開買付後の対象会社株式の所有割合が3分2以上となる場合にのみ,全部買取義務を設け、所有割合が3分の2を下回る場合には、買取株式に上限を設けることを認めています。

WGでも,対象会社の少数株主の退出権を保障する観点から全部買取義務の対象を拡大することも検討されましたが、異論も多く,WG報告も具体的な提言を行うことなく,法の改正もありません。

 

2024年8月31日執筆

客員弁護士 片木晴彦