コラム「「企業価値担保権」その目的と課題について」
1「事業性融資の推進等に関する法律」の成立
令和6年6月7日に「事業性融資の推進等に関する法律」が成立しました。この新法の目的は、これまで不動産等の有形資産や経営者の個人保証に依存していた企業に対する融資を、会社の事業の実態や将来性の評価に基づく融資へと変更し、会社の事業の成長・発展・継続を支えることにあります。その中心となるのが「企業価値担保権」です。
2 新たな担保法制としての模索
我が国が国際的な産業競争力を回復するためには、ベンチャー企業、スタートアップの育成が必要であると言われています。そのために重要なのが、企業の立ち上げに必要な資金をどのように調達するかという問題でした。
資金調達の方法として、まず頭に浮かぶのは、金融機関からの借り入れです。しかし、金融機関の融資では、不動産などの有形資産を担保とし、経営者にも個人保証を求めることが通常であり、不動産などの資産がなく、経営者にも個人保証ができるほどの資力がない企業が金融機関の融資に頼ることは難しいという状況がありました。
そこで、不動産などの有形資産や経営者の個人保証に頼らない融資の方法が模索されてきました。その中心となった金融庁では、令和元年に従来の金融検査マニュアルを廃止し、企業の事業の実態や将来性を見据えた融資、これに整合的な金融機関の検査・監督の方針を明確にしました。法務省では、令和4年に始まった動産・債権を目的とする担保法制の見直しで、知的財産権などを含む会社の総財産を担保とする制度が検討されてきました。
3「企業価値担保権」とは
新法が創設した「企業価値担保権」(立案の段階での名称は「事業成長担保権」)では、会社の総財産(会社が将来取得する財産を含む)、具体的にいえば、会社が所有する不動産、機械や在庫等の動産、株式・債権などのほか、特許などの知的財産権、企業のブランドとしての価値(のれん)、さらに企業に必要な技術・能力を備えた人材など「企業価値」を構成するもの一切が担保となります。
これを利用することで、スタートアップやベンチャー企業は、収益を生むことが確実な特許権や優秀な人材など無形の資産を含む会社の総財産を担保として、事業の立ち上げ・発展に必要な資金を金融機関等からの融資で得ることができます。また、第三者による企業買収の手法を用いた中小企業の事業承継の手続において、買収対象会社の総財産に企業価値担保権を設定することで買収資金を調達することもできるようになります。
4 新法の施行日(2年以内)までに克服すべき課題
企業価値担保を活用するためには、融資をする金融機関等が融資対象会社の企業価値を適切に評価できる体制を備えることが必要です。金融機関等は、企業の現在・将来の価値を正しく評価し、収益改善のための支援・助言ができる人材を採用・育成し、また、会社の経営状況や事業計画を適時に把握するシステムを作らなければなりません。
また、企業価値担保権の設定は、商業登記によってなされます。商業登記の情報は、会社との取引に際して会社の存在を確認するために使われますが、国は広報等によって、企業価値担保権は将来性のある会社だけが利用できる制度であるとの認識を広げ、商業登記が会社の信用不安を招く原因とならないようにしなければなりません。
2024年6月10日執筆
客員弁護士 田邊 誠