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コラム「就業規則をめぐる二つの合理性」

1 就業規則は、従業員の労働条件や服務規律や懲戒を総合的に定めた職場の重要なルールブックであり、労使の権利義務の根拠ないし基礎をなすものです。

就業規則は、労働契約の内容となって労使を規律するものですが、そのメカニズムを示したのが最高裁の秋北バス事件判決(最大判昭43.12.25民集22巻13号3459頁)でした。この判決は、就業規則の法的性質としては約款説ないし定型契約説に立ったものと理解されており、約款法理を就業規則に(約款類似のものとみて)応用したものといえます。

この判例は、就業規則が労働契約内容となるためには、合意(労働者の同意)は必要ないが、就業規則が合理性を有することを要求しました。また、不利益変更法理も同時に示しており、①就業規則の不利益変更に合理性がなければ労働者は変更された就業規則に拘束されないが、②合理性が存すれば労働者は同意なしに拘束されるとの公式を示しました。

 

今では、これらの判例法理は、周知の要件(これはフジ興産事件・最二小判平15.10.10労判861号5頁で示されたものです)をはっきりさせたうえで、労働契約法で、就業規則の契約内容規律効を定める7条と不利益変更された就業規則の契約内容変更効を定めた10条で確認されています。

 

問題は労働契約法7条と10条で問題となる合理性要件です。学説も判例も、最初に就業規則が労働契約内容となる場合に要求される合理性と、就業規則が不利益変更される場合に問題となる合理性は異なるものであり、前者は、企業運営にとって合理的であればよいという一応の合理性であり比較的緩く(容易に)認定されますが(電電公社帯広局事件・最一小判昭61.3.13労判470号6頁、日立製作所武蔵工場事件・最一小判平3.11.28民集45巻8号1270頁)、後者は、基本として不利益変更をめぐる使用者側の必要性と労働者の被る不利益を厳格に比較衡量して、前者の方が大きいのでなければ合理性を認めないという厳しい認定がなされる(第四銀行事件・最二小判平9.2.28労判710号12頁)と考えられてきました。

要は、合理性といってもレベルが異なり、不利益変更の場合に問題となる方がより厳格なものです。しかし、これまでの判例では、就業規則の法的性質か不利益変更かのいずれか一方が別々に争われてきており、一つの判決で両者の違いが明確に示されたことはありませんでした。

 

2 以上のような状況のなか、近年、一つの事件のなかで両者を使い分け、すでに雇用されていた労働者には不利益変更の拘束力(労働契約変更効)は及ばないが、変更後に新たに採用された労働者には就業規則の契約内容規律効が及ぶとした注目すべき裁判例が登場しました。上野学園事件・東京地判令3.8.5労判1271号20頁です。少し長くなるが判旨を引用してみましょう。

 

まずは、不利益変更の部分です。「本件変更が法的拘束力を有するためには、就業規則等により雇用契約の内容である労働条件を労働者に不利益に変更する場合と同様に、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることが必要であるというべきである。その合理性の有無は、具体的には、当該変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の当該規定の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況等の事情を総合考慮して判断すべきである。」、「これを本件についてみると、前判示のとおり、被告は、人件費抑制のために、本件変更によって支給対象者を限定したことは認められるものの、被告において、当時、人件費抑制が必要であったことを具体的に裏付ける事情を認めるに足りる証拠はなく、専任教員にとっては、入試業務一つ当たり数千円から1万数千円の入試手当の支給が受けられなくなるという不利益の程度も考慮すると、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの必要性を認めることはできないというべきである。」、「以上によれば、本件変更当時に在職していた本件大学の専任教員との関係では本件変更の拘束力は及ばないから、同専任教員は、入試手当の支給対象者から除外されたものということはできない。」とされました。

次に、変更後に採用された労働者に対する部分です。「就業規則の不利益変更について合理性が認められない場合には、変更に同意していない変更当時に在籍していた労働者との関係で拘束力が否定されるものの、変更後の就業規則が不存在、無効となるものではない。そのような就業規則であっても、変更後の労働条件に合理性が認められる場合には、変更後に採用された労働者との関係では、労働契約の内容を規律する効力が認められると解すべきである。」、「これを本件についてみると、原告a、原告d、原告f及び原告hは、本件変更の後に被告との間で雇用契約を締結し、その後に本件大学の専任教員となったものであるところ、前記認定のとおり、平成13年変更の際、雇用契約上の職務内容に入試業務が含まれていないことから、非常勤講師と同様に入試手当を支給するのが理論上は自然である旨の検討がされていることに照らせば、本件大学は,専任教員の業務には入試業務も含まれ、入試業務の対価は既に基本給として支給されているとの判断に基づき、専任教員を入試手当の支給対象者から除外したことが認められることなどからすれば、入試手当の支給対象をそのように区分すること自体が不合理であるとはいえず、上記入試手当の支給除外を定める部分について就業規則としての合理性を認めることができ、上記各原告らについては、本件変更後の本件就業規則等のみが適用されることになる。したがって、同原告らは、入試手当の支払を請求することはできないというべきである。」とされました。

 

要は、企業の労務管理における実務上の留意点として、就業規則をめぐる合理性といっても労働契約法7条と10条では意味内容が異なり、前者の合理性は容易に認められるが、後者の合理性は厳格に審査される(そう簡単には不利益変更はできない)ということを肝に命じる必要があるものです。

 

客員弁護士 三井正信

2023年6月30日執筆