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コラム「従業員の副業・兼業に対する会社の考え方について」

1 労働者の「働き方」は、会社と労働契約(雇用契約)を締結し、会社の事業場(事 務所、工場等)に行って、所定の始業時刻から終業時刻まで労働すること等、いわゆる「正社員」の働き方を念頭において整理され、パートタイム労働、労働者派遣等に広がりを見せてきました。

昨今、これらに留まらず、労働者において、旧来の「正社員」という枠組みにとらわれない働き方をして、収入を増やしたり、活躍の場を広げたりしたいというニーズが広がっていて、会社側も、労働者のニーズにあわせて働き方を設定して、人材確保をしたり、効率よく人材活用をしたりする傾向にあるといわれています。

具体的には、柔軟な労働時間の設定として、フレックスタイム、時差出勤、短時間勤務等が挙げられ、場所の設定として、在宅勤務(テレワーク)、サテライトオフィス、地域限定勤務等が挙げられ、さらには、契約形態そのものの変化として、雇用以外の働き方(業務委託など)、副業・兼業等が挙げられます。

 

2 副業・兼業とは、2つ以上の仕事を掛け持つことをいいますが、副業・兼業を行う形態は、企業に雇用される場合(正社員、パート、アルバイト等)、自らが事業主として行う場合、業務委託を受ける場合等、様々なものがあります。

副業・兼業は、労働者にとっては、現在の仕事から離職せずに別の仕事に就くことができて、所得の増加、現在の所得を活かしつつ、やりたいことに挑戦できる、将来の起業・転職に向けた準備・試行ができるなどのメリットがあるとされます。

会社にとっても、副業・兼業を認めることは、優秀な人材の獲得や、人材流出の防止に繋がったり、労働者が外部で新たな知識・情報、人脈を獲得してきて、事業拡大に繋げられる可能性もあったりすると考えられています。

他方で、労働者が副業・兼業をすることで、必然的に労働時間が長くなるため、労働時間管理、健康配慮が一層必要であったり、複数の職場で働くことで、秘密保持義務、競業避止義務等で、これまでとは異なることに留意すべきであったりもします。

 

3 こうした状況を踏まえ、厚生労働省は、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を平成30年1月に策定し、最新のものは令和4年7月に改定のものです。ここでは、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当であると明示されています。

また、厚生労働省は、モデル就業規則も、副業・兼業に関する部分の改定を平成30年1月に行っており、

① 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

②  会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

ア  労務提供上の支障がある場合

イ  企業秘密が漏洩する場合

ウ  会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合

エ  競業により、企業の利益を害する場合

とされていて、副業・兼業を承認する方向での規定がモデルとされています。

 

4 旧来、就業規則で、兼業禁止の規定を置いている会社が少なくないように思います。「会社の許可なく事業を営んだり、在籍のまま他に雇われてはならない」という規定で、これに違反したときには、懲戒処分の対象となることになります。

この規定の有効性は、複数の裁判例で争われてきたところで、裁判例の基本的な考え方は、労働者が所定の労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であるという原則にたち、副業・兼業を制限することが許容されるのは、労務提供上の支障がある場合、業務上の秘密が漏洩する場合、競業により会社の利益が害される場合、会社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合などであるとします。このため、上記規定自体が無効となるものではないが、この規定に形式的に違反したときに、直ちに兼業禁止違反となるものではない、すなわち、副業・兼業が、会社の秩序を乱すようなものではない場合、会社に対する労務提供に支障がない場合には、兼業禁止規定に違反しているとまではいえず、懲戒処分をすることは困難というものです。兼業禁止規定違反で、懲戒処分が可能かは、職場秩序に影響が及んだか等の実質的な考慮をして、慎重に判断することが必要とされるものです。

 

5 今後においても、上記のような兼業禁止規定を変更しなければならないものではありません。業種によっては、労働時間以外の間を、休息に充てた方が望ましい場合もあり、そうした会社で、副業・兼業を積極的に推進することまでが求められているものではありません。それぞれの会社で、副業・兼業を認めるか否か、認める場合にどのような制度設計とするかを検討すべきものです。

副業・兼業を認める場合、具体的には、労働時間の管理の方法、健康管理の方法の設定や、会社の安全配慮義務(長時間労働によって過重労働となっていないか)、労働者の秘密保持義務(会社の業務上の秘密情報を他社で漏洩しないこと、他社の秘密情報を持ち込まないことの双方)等、会社の業種や勤務の実態、労働者のニーズに合わせて、必要に応じて会社と労働者の間で十分な協議をしつつ、制度設計をすることが肝要なものです。

 

弁護士 向井 良

2023年6月30日執筆