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コラム「民事判決のオープンデータ化」

「民事裁判の判決情報のデータベース」を作成して、一般に公開しよう(「オープンデータ化」と呼びます)という動きがあります。

 

民事裁判の判決は、裁判所がどのような証拠から事実を認定し、認定した事実を踏まえて、どのような法律を適用して結論を導いたかを明らかにするものです。

 

最近、AIを用いた紛争解決システムが話題になっていますが、このようなシステムを構築するためには、判決情報のデータベースの存在が不可欠です。

 

もっとも、我が国では、毎年約20万件の民事裁判(行政訴訟を含む)の判決がされていますが、最高裁判所のホームページや判例時報・判例タイムズ等の法律雑誌などで公開されているものは、数パーセントにすぎません。また、公開されている判決は、裁判所が今後の裁判の先例となる価値があるとして選んだものであることから、最高裁や高裁など上級審の判決が多く、法律雑誌ではその時々の話題となっている法律問題を扱った事件を取り上げる傾向があるなど、公開されている判決に偏りがあることは否定できません。

 

民事紛争の解決基準となる判決のデータベースを作成するためには、多様な事例についての判決のデータをできるだけ広範かつ網羅的に収集することが必要となります。
ただし、そこで問題となるのが、判決の公開による個人のプライバシーなどの権利・利益の侵害のおそれです。判決は公開の法廷で言い渡されたもので、裁判が終了した事件の記録は、判決のみならず、訴訟における当事者の主張・立証を記録した調書についても、原則として誰もが見ることができます。

 

しかし、判決に記載されている訴訟当事者の氏名・住所・生年月日などは、個人のプライバシーにかかわる情報であり、当事者は訴訟の勝敗にかかわらず、それらを公にされないことについて利益を有しているというべきでしょう。また、当事者の電話番号、預貯金口座・クレジットカードの番号などが判決に記載されている場合もありますが、これらの情報が判決データの利活用に資することはほとんどなく、むしろ悪用されるおそれが懸念されます。

 

そこで、判決のデータベースの作成にあたっては、現在も判決の公開の際になされている氏名・住所の仮名化(原告をX、被告をYとするなど)やプライバシーにかかわる情報の秘匿化を検討する必要があります。なお、DVや性犯罪の被害者による訴訟については、令和4年の民事訴訟法の改正で当事者の住所・氏名を秘匿して訴訟ができる(訴状・判決には「代替氏名A」「代替住所B」などと記載する)制度を利用することができます。

 

判例のオープンデータ化には、上記以外にも、判決データの管理をどのような機関に任せるか、「仮名漏れ」等があった場合の責任、判決データの利活用の際の規律など解決すべき問題はたくさんありますが、民事判決情報の公開は、裁判の公開(憲法82条)を実質的に保障するものとなり、裁判所による紛争解決の基準を広く国民に示すことによって、紛争の予防や解決の促進にも資することが期待されます。

 

2023年11月30日執筆
客員弁護士 田邊 誠