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コラム「遺産分割協議が必要な財産と不要な財産」

相続人が複数人いる場合、亡くなった人が死亡時点で有していた財産(遺産)は、「共有」という状態になります(民法898条1項)。共有の割合は、法定相続分など民法の規定に従って決まりますが、これは遺産全体に対する割合に過ぎず、具体的にどの遺産を誰が取得するのかは相続人全員で話し合って決めなければなりません。これが遺産分割協議です。

 

遺産分割協議で全員が合意できれば、被相続人が亡くなった時点に遡って、分割の効力が生じます(民法909条)。協議がまとまらない場合は、家庭裁判所の手続(調停・審判)をとる必要があります。

 

さて、具体的にどの財産を誰が取得するのかは遺産分割協議で決まるわけですが、遺産の種類によっては、例外的に、分割協議をしなくても遺産の取得者が決まるときもあります。この場合には、取得者が単独で、他の相続人の承諾なく、請求や名義変更等の手続ができることとなります。遺産分割協議の対象外となる主な財産は以下のとおりです(なお、相続人全員が同意すれば分割協議の対象とすることも可能です)。

 

(1) 預貯金以外の可分債権

金銭債権など可分債権といわれる債権は、法律上当然に分割され、遺産分割協議なしに、それぞれの相続人が相続分に応じて取得するものとされています(最高裁S29.4.8判決)。

ただし、現金は、可分ではありますが、当然分割ではなく、遺産分割協議を経て、初めて取得者が決まります(最高裁H4.4.10判決)。

また、預貯金も、金融機関を債務者とする金銭債権ですから、かつては可分債権として当然分割とされていましたが、最高裁は従前の判例を変更し、預貯金債権も現金と同様に、当然分割とならず、遺産分割協議が必要との判断を示しました(最高裁H28.12.19判決)。預貯金も現金と大差なく、遺産分割協議の際の金額調整に役立つことなどが理由です。

株式、投資信託および国債についても、最高裁は、可分給付を目的としない権利も含まれているなどとして、当然分割を否定し、遺産分割協議の対象としています。(株式につき最高裁S45.1.22判決、投資信託および国債につき最高裁H26.2.25判決)。

 

可分債権の取り扱いについては分かりにくい面もあり、2019年に施行された民法改正に際しては、遺産分割協議の対象に含まれる債権の範囲を明文化する検討が行われましたが、最終的には、従前と同様の取り扱いとして、明文化は見送られました。ただ、預貯金の当然分割が否定され、単独での払戻し請求ができなくなったことを受け、当面の生活費や葬儀費用等に困る相続人が生じ得ることを考慮し、預貯金の3分の1に相続分を乗じた金額(ただし1つの金融機関につき150万円まで)については、単独での払戻しを可能とする規定などが設けられました(民法909条の2)。

 

(2) 相続させる旨の遺言

特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言が残されている場合、この遺言は遺産分割の方法を定めた遺言(民法908条)に該当し、ほかの相続人はこの遺言に拘束されるため、遺産分割協議を経ずとも、当該相続人が当該遺産を取得することになります(最高裁H3.4.19判決)。

 

(3) 相続人を受取人と指定した保険金

保険金の受取人を特定の相続人の氏名をもって指定している生命保険契約、または、氏名の表示はないものの相続人を受取人としている生命保険契約については、特段の事情のない限り、保険金請求権は受取人の固有財産となり、遺産分割協議は不要(そもそも遺産として取り扱わない)となります(大審院S11.5.13判決、最高裁S40.2.2判決)。傷害保険であっても、団体保険であっても同様です(最高裁S48.4.29判決)。

ただし相続税の申告に当たっては、生命保険金は遺産として計算されます(相続税法3条1項1号など)。

 

(4) 一部の死亡退職金

国家公務員退職手当法などの法令に基づく場合、または、退職金規程のある民間企業でその規程のなかで労働基準法施行規則42条~45条が準用されているような場合には、退職金は、同一生計者の生活保障という意味合いが強いと解釈され、受給権者の固有の権利であって、遺産分割協議は不要(そもそも遺産として取り扱わない)となります。

ただし相続税の申告に当たっては、死亡退職金は遺産として計算されます(相続税法3条1項2号)。

 

(5) 死亡後に発生した賃料

遺産に不動産がある場合、不動産の取得者は遺産分割協議によって決めなければなりません。遺産分割協議の結果、不動産を取得した相続人は、法律上、被相続人が亡くなった時点から当該不動産を取得したという扱いになりますので(民法909条)、死亡から遺産分割協議がまとまるまでの間に当該不動産から発生した賃料がある場合、当該不動産を取得した相続人が賃料を取得するという解釈も可能と思われます。

しかし、最高裁は、死後に発生した賃料債権は、相続分に応じて当然分割されて、それぞれの相続人が確定的に取得し、その後の遺産分割の結果に影響を受けないと判断しています(最高裁H17.9.8判決)。相続開始から遺産分割までの間の賃料は、共有状態の不動産の使用管理の結果であり、遺産とは別個の財産という考え方に基づいています。

 

(6) 債務

金銭債務などの可分債務は、当然分割され、それぞれの相続人が相続分に応じて承継します。連帯債務の場合も同様です(最高裁S34.6.19判決)。不可分債務については、各相続人が全部の義務について履行責任を負うものとされます。

遺産分割協議によって債権者に不利益を与えることは許されませんので、相続人間の合意だけで法定相続分とは異なる負担割合を定めることはできず、債権者の同意が必要とされています。

 

2023年7月31日執筆

弁護士 尾山慎太郎