コラム「改正民事執行法における子の引渡しの強制執行」
1 はじめに
旧民事執行法においては、子の引渡しの強制執行について明文の規定が設けられておらず、動産の引渡しの強制執行に関する民事執行法169条(動産の引渡しの強制執行は、執行官が債務者からこれを取り上げて債権者に引き渡す方法により行う旨の規定)を類推適用することで、執行官が債務者による子の監護を解いて債権者に引き渡す方法がとられてきました。
しかし、子を動産と同視することは適切ではないことから、今回の民事執行法の改正により、子の引渡しの強制執行に関する規定が明文化されました。また、従前の強制執行手続きは、間接強制手続きの前置が求められていたり、子の引渡しの強制執行において債務者がその場にいる必要があったりと、迅速性・実効性が確保されていない面があったことから、以下のとおり、それらの点も考慮して迅速性・実効性を確保するための改正がなされています。
2 間接強制前置の必要がなくなったこと
改正前は、子の心理的な負担を減らすとの観点から、子の引渡しの強制執行を行う前に間接強制手続きを行う必要がありました。しかし、間接強制手続きは、子の引渡しを履行するまでに金銭の支払いを命ずる等して債務者を心理的に強制して債務を履行させるものであり、子の監護を解く意思のない債務者に対して上記手続きを実施しても子の引渡しを受けることができないケースがありました。
そのため、改正民事執行法174条においては、①間接強制の決定が確定した日から2週間が経過したとき(同条1項1号)、②間接強制を実施しても債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき(同条1項2号)、③子の急迫の危険を防止するために直ちに強制執行をする必要があるとき、という要件を満たす場合には子に引き渡しの直接強制の申立てが可能となりました。
実務上、上記のうち②の要件を満たすことを主張して、間接強制手続きを経ずに子の引渡しの強制執行の申立てを行うことが多いと思われますが、その場合には、債務名義に基づいて債務者に対して任意での子の引渡しを求めたが応じないことを示す資料や子を引き渡さないとの債務者の意思が明確となっているラインやメール等の資料を疎明資料として提出することが考えられます。
3 債務者同時存在が不要となったこと
従来、子の引渡しの強制執行は、子と債務者がともにいる場合に限って可能とされていましたが、債務者が執行の妨害のために子と一時的に離れる、執行日時を債務者の仕事や生活の都合に合わせることへの負担、債務者が執行時に暴力等で引渡しに抵抗をする等、実効性の観点からは様々な障害が生じていたため、今回の改正では上記の債務者同時存在が不要となりました。
ただし、債務者が執行の場におらず、執行官のみが立ち会うのでは子が精神的に不安になる可能性があるため、代わりに債権者本人の出頭が必要とされました。また、債権者が執行場所に出頭できない場合には、債権者の代理人が債権者に代わってその場所に出頭することが当該代理人と子との関係、当該代理人の知識及び経験等の事情に照らし、子の利益の保護のために相当と認められるときは、債権者の申立てにより例外的に当該代理人が当該場所に出頭した時でも、引渡しの執行を認める決定をすることができるとされました(民事執行法175条6項)。したがって、債権者の出頭が難しい事情がある場合には、執行官との打ち合わせよりも前に債権者代理人の出頭の下での執行を認める決定の申立てをして許可を得ておく必要があります。
他方で、これまでの債務者同時存在の場合には、執行が債務名義の執行力の及ぶ債務者に対してなされ、債務者の占有場所以外での執行では、その占有場所の占有者の同意があれば足りていましたが、同時存在が不要となったことで、子が第三者に預けられている場合に債務者に対する債務名義の執行力が及ぶかどうかという点が問題となりました。その場合の考慮要素として、第三者が子を預かっているのが一時的であれば債務者に子の監護が存在しており、第三者は債務者に対する債務名義の執行力が及ぶ補助者に過ぎませんが、長期的であれば第三者に子の監護が認められる可能性があり、執行力は及ばないとの整理がされています。
4 占有者の同意に代わる裁判所の許可により執行が可能となったこと
今回の改正では、執行官が、子の心身に及ぼす影響、当該執行場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、債務者の住所その他債務者の占有する場所以外の場所においても、債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができるとされました(民事執行法175条2項)。そして、執行場所を債務者の占有場所以外とする場合に、当該場所占有者の同意に代わり執行裁判所の許可を得て子の引渡しの強制執行を行うことができるようになりました(同条3項)。
ただし、第三者の占有する場所での執行の許可に当たっては、執行の必要性と財産権等の制約の許容性という2つの観点から、申立てを行う際に実務上は、子が当該場所に居住していることを示す資料(住民票、子が居住していることに関する報告書等)や第三者が債務者の監護補助者等に該当する等の事情が必要となると考えられます。
弁護士 奥田亜利沙
2023年6月30日執筆
以 上